使われなくなった精神医学用語

今回のblogは医局の担当です。

様々な理由で現在では使われなくなった精神医学用語について書いてみます。

[障碍]

「障碍」は明治時代前まで「しょうげ」と読まれ、元々は仏教用語で、心を覆い隠し悟りを妨げている要素という意味でした。明治時代には、次第に漢音で「しょうがい」と読むことが増え、大正時代には「障害」の表記の方が一般的となりました。その理由のひとつに「害」が常用漢字であることが挙げられ、現在でも政府が発行する書類では「障害」の表記が使われています。しかし「害」という文字にネガティブなイメージがあるため、一部の地方自治体や企業は自らの判断で「障がい」という表記も用いるようになっています。精神医学用語としては英語のdisorderの訳語として「障害」と表記していましたが、2013年にアメリカで発行された『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM-5)の訳語では「症」も併記されています。

[精神分裂病]

日本では長い間、現在では統合失調症と呼ばれる病気を精神分裂病と呼んでいました。英語ではschizophreniaと表記しますが、schizo(分離した)+ phrenia(精神)という意味なので精神分裂病という訳語自体は自然に感じます。しかし、薬物療法などの治療法が発展してからも、不治で慢性的な経過をたどるというネガティブなイメージは根強く残り、治療や社会復帰の妨げとなっていました。患者家族会からの要望もあり、2002年8月の日本精神神経学会において「精神分裂病」という病名は正式に「統合失調症」に変更されました。

[神経症]

神経症とは精神医学の伝統的な用語で、20世紀の半ば頃までは、精神病と対になる概念でした。つまり、神経症とは重篤ではない不安や抑うつの状態、精神病とは入院を要するほどの激しい思考や行動の障害とされていました。このような神経症や精神病のあいまいな分類は不正確な診断をもたらしたため、1980年の『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM-III)以降では神経症という用語は廃止され、不安障害/症として分類されています。現在では精神医学の世界では表立って神経症という用語は使われていません。

[痴呆症]

現在では認知症と呼ばれる病気は、以前は痴呆症と呼ばれてきました。しかし「痴」や「呆」という文字が侮蔑的なニュアンスを含んでいるという問題が指摘されるようになりました。そこで、厚生労働省の検討会で「痴呆」に代わる用語が議論され、2004年12月に今後これを「認知症」に変更すべきと通知されることになりました。

[アスペルガー障害]

発達障害/症の一つで、オーストリアの小児科医であるアスペルガーが1944年に最初の定義を行い、対人関係の障害やパターン化した興味や活動という自閉症の特徴を持ちつつ、言葉や知的発達に遅れが見られないことが特徴とされていました。2013年に発行されたDSM-5ではアスペルガー障害の表記は削除され、自閉症スペクトラム障害/症に含まれる概念となっており、専門家の間ではアスペルガー障害という用語はあまり使われなくなっています。

[ヒステリー]

ヒステリーとは「子宮」を意味する古典ギリシア語が由来とされています。かつては心理的葛藤やストレスに続いて、主に女性が様々な精神症状や身体症状を示すことをヒステリーと呼んでいました。しかし、病名としては定義が曖昧であり、女性に対する差別的なニュアンスも問題視されたため、現在ではヒステリーという用語はほとんど使われなくなっています。現在では心理負荷を誘因に知覚が失われたり、痙攣や失声などを認めたりする疾患を転換性障害/症、記憶を無くしたり、呼びかけに反応しなくなったり、同一の人格を維持できなくなったりする疾患を解離性障害/症と呼んでいます。