豊橋市の精神科の可知記念病院です。
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アミロイド仮説の失敗

アルツハイマー病は、まさにAlzheimerの症例報告から始まりました。最初の患者さんはAuguste Dという女性。推定46歳で発症、51歳で初診、56歳で死亡なので、かなりの若年性であったことが分かります。剖検の結果、アミロイドプラークと神経原線維変化(と今では呼ぶもの)が発見され、これこそが原因だ、と述べたのです。

あのKraepelinがそれを気に入り、教科書第8版に採用しアルツハイマー病と名付けました(正確にはもう一人の患者さんの報告も合わせて)。それによってか、いつのまにかアミロイドプラークを形成するアミロイドβが原因であるという“アミロイド仮説”が主流、というかそれ以外は認めない!ような雰囲気になっていったのです。

しかしながら、昨今のアミロイドβを標的とした治療薬が拍子抜けするような結果だらけなのは周知の通り。アミロイド仮説はもうガラガラと音を立てて崩れている最中、と言っても過言ではありません。「いや、アルツハイマー病モデルマウスではアミロイドを除去して記憶も改善したじゃないか!まだやれる!」と思う方々もいるでしょう。

しかし、モデルマウスは認知症で重要な“徐々に悪化していく”という事実を反映していません。水迷路試験の検査結果は悪くなっても、そこからの悪化は示さないのです。そして、アミロイドβに対するワクチンを投与すれば完全回復するという点も、人間とはまったく異なります(Nat Neurosci. 2002 May;5(5):452-457.)。人間は、抗アミロイドβプロトフィブリル抗体であるレカネマブを投与しても、結局は悪化していくのです。

これでもかとばかりに絞った患者さんを対象としたにもかかわらず、CDR-SBという0~18点の尺度において、18ヶ月の経過でプラセボでは1.66点の悪化、レカネマブでは1.21点の悪化(N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21.)。統計的には有意差をもたらしましたが、臨床的に有意とは言えません。

もうこの惨状を見るにつけ「アルツハイマー病の原因はアミロイドβではない!」と言ってしまって良いのではないか、と私は思います。アミロイドβは“ありふれたもの”なのであり、1歳~100歳からなる2332人の脳を剖検したところ、アミロイドプラークと神経原線維変化が認められなかったのは10人だけだったという研究結果もあります(J Neuropathol Exp Neurol. 2011 Nov;70(11):960-969.)。

もちろん、アミロイドβは認知機能低下のリスク因子ではあります。しかし、あくまでも脇役であり決して主役ではありません。レカネマブでアミロイドβを除去しても、そもそもの原因が動いていないので解決にはなりません。その“そもそもの原因”を明らかにすべく、研究の舵をアミロイド以外に大きく切る時期が来ているのです。レカネマブの臨床試験の結果は、それを明らかにしてくれたという価値はあるのかもしれません。

次章からは、アミロイドβについてわかりやすく解説していきます。

そもそもアミロイドβとは?

アミロイドβは、脳内で日常的に生成されるタンパク質の一種です。健康な方の脳でも常に産生されていますが、通常は速やかに分解・排出される仕組みが備わっています。ところが、このアミロイドβ分子同士が結合して凝集体を形成すると、通常の排出経路では処理しきれなくなり、脳内に蓄積していくことになります。

アミロイドβは、APP(アミロイド前駆体タンパク質)と呼ばれる大きなタンパク質から、β-セクレターゼとγ-セクレターゼという2種類の酵素によって切り出されて生成されます。切り出される場所によってアミロイドβ40やアミロイドβ42といった異なる長さのものが作られ、特にアミロイドβ42は凝集しやすい性質を持つことが知られています。

アミロイドβが溜まる原因とは?

アミロイドβの蓄積メカニズムについては、複数の要因が関与していると考えられています。

  • 加齢とクリアランス機能の低下
  • 生活習慣の影響
  • 生活習慣病との関連
  • 睡眠の質

加齢とクリアランス機能の低下

最も基本的な要因は加齢です。年齢を重ねるにつれて、脳内のアミロイドβを排出する能力(クリアランス機能)が低下していきます。脳血管壁を構成する血管平滑筋細胞の機能低下により、血管を介したアミロイドβの排出が滞ることが指摘されています。また、脳脊髄液の循環や、グリンパティック系と呼ばれる脳の老廃物排出システムの効率も加齢とともに低下すると考えられています。

生活習慣の影響

運動不足や認知的活動の減少も、アミロイドβ蓄積のリスク因子として知られています。定期的な身体活動は脳血流を改善し、アミロイドβの排出を促進する可能性があります。同様に、読書や会話、新しい学習など認知的な刺激を受けることで、脳の代謝活動が維持され、アミロイドβの蓄積が抑制される可能性が示唆されています。

生活習慣病との関連

糖尿病との関係は特に注目されています。インスリン分解酵素は、その名の通りインスリンを分解する酵素ですが、実はアミロイドβの分解にも関与しています。糖尿病やインスリン抵抗性の状態では、過剰なインスリンの分解にこの酵素が使われてしまい、結果としてアミロイドβの分解が後回しになってしまうのです。

睡眠の質

近年の研究では、睡眠中にアミロイドβの排出が促進されることが明らかになっています。睡眠不足や睡眠の質の低下は、このクリアランス機能を妨げ、アミロイドβの蓄積を加速させる可能性があります。ただし、これらの要因がどの程度認知症発症に直結するかは、前述のレカネマブの臨床試験結果が示す通り、依然として明確ではありません。

アミロイドβと今後への期待

アミロイド仮説に基づく治療戦略が期待通りの成果を上げられなかったことは、決して研究の失敗ではなく、むしろアルツハイマー病の複雑な病態を理解する上で重要な知見をもたらしました。

  • 新たな標的への転換
  • 複合的アプローチの可能性
  • 超早期介入の重要性
  • バイオマーカー研究の進展

新たな標的への転換

現在、研究の焦点はアミロイドβ以外の病態メカニズムへと移りつつあります。タウタンパク質の凝集、神経炎症、ミトコンドリア機能障害、シナプス障害など、複数の経路が注目されています。特に神経炎症については、アミロイドβの蓄積が引き金となって慢性的な炎症反応が持続し、それが神経細胞死を引き起こすという「炎症仮説」が台頭しています。

複合的アプローチの可能性

単一の標的ではなく、複数の病態メカニズムに同時にアプローチする多剤併用療法の可能性も探られています。アミロイドβの除去に加えて、神経保護作用を持つ薬剤や、炎症を抑制する薬剤を組み合わせることで、より効果的な治療が実現できるかもしれません。

超早期介入の重要性

レカネマブの臨床試験から得られた重要な知見の一つは、介入のタイミングです。認知症状が明確になってからの治療では効果が限定的であり、無症候性の段階、つまりアミロイドβは蓄積しているものの認知機能は正常な段階での介入が、将来的には鍵となるかもしれません。

バイオマーカー研究の進展

血液検査でアミロイドβやタウタンパク質を測定する技術も急速に発展しています。これにより、侵襲性の高いPET検査や脳脊髄液検査に頼らずに、より早期の段階でリスク評価や診断が可能になる時代が近づいています。

アミロイド仮説の「失敗」は、実はアルツハイマー病研究を次のステージへと進める重要な転換点なのです。

アミロイドβの検査方法

現在、アミロイドβの蓄積を評価する方法は、主に以下の3つが利用可能です。

  • アミロイドPET検査
  • 血液バイオマーカー検査
  • 脳脊髄液検査

アミロイドPET検査

最も直接的な方法は、アミロイドPET(陽電子放出断層撮影)検査です。PIBやフロルベタピルといった放射性トレーサーを静脈注射し、それが脳内のアミロイドβに結合する様子を画像化します。これにより、脳のどの部位にどの程度のアミロイドβが蓄積しているかを視覚的に評価できます。

ただし、この検査には重要な制限があります。まず保険適用外であり、検査費用は20万円前後と高額です。また、実施可能な医療機関が限られています。さらに重要なのは、前述の通り「アミロイドβの蓄積=認知症の発症」ではないという事実です。PET検査で陽性であっても認知機能が正常な方は多数存在し、逆にPET陰性でも認知症症状を呈する方もいます。

血液バイオマーカー検査

近年急速に発展しているのが、血液検査によるアミロイドβの評価です。MCIスクリーニング検査プラスは、アミロイドβの排除に関わるタンパク質を測定する間接的な方法ですが、IP-MS(免疫沈降-質量分析)法やSimoa(シングルモレキュールアレイ)法などの新技術は、血中のアミロイドβそのものを高感度に測定できます

これらの血液検査は、PET検査に比べて簡便で低侵襲、そして低コストという利点があります。特にIP-MS法の精度は、PET検査との一致率が90%以上という報告もあり、今後の実用化が期待されています。ただし、現時点では研究段階であり、保険診療としては利用できません。

脳脊髄液検査

腰椎穿刺によって採取した脳脊髄液中のアミロイドβやタウタンパク質を測定する方法もあります。これは研究や特定の臨床状況では用いられますが、侵襲性が高いため、一般的なスクリーニングには適していません。

これらの検査で重要なのは、「検査陽性=治療が必要」という単純な図式ではないという点です。現在の治療薬の効果が限定的であることを考えると、無症状の段階でアミロイドβ陽性が判明したとしても、できることは生活習慣の改善が中心となります。検査を受ける際には、その結果をどう解釈し、どう対応するかを事前に理解しておくことが大切です。

生活習慣を見直して認知症を予防しよう

認知症については、生活習慣の改善による予防の重要性が改めて注目されています。以下のポイントを日頃から意識することで、認知症の予防に繋がります。

  • 運動習慣の確立
  • 質の高い睡眠の確保
  • 栄養バランスの取れた食事
  • 生活習慣病の管理
  • 認知的活動と社会参加
  • 禁煙と節酒

運動習慣の確立

身体活動は、認知症予防において最も強いエビデンスを持つ介入の一つです。週150分程度の中等度の有酸素運動(早歩き、水泳、サイクリングなど)が推奨されています。運動は脳血流を改善し、BDNF(脳由来神経栄養因子)という神経細胞の成長を促す物質の分泌を増やし、さらにはアミロイドβの排出を促進する可能性があります。

何も特別なスポーツを始める必要はありません。エレベーターではなく階段を使う、一駅分歩く、テレビを見ながらストレッチをするなど、日常生活に運動を組み込むことから始めましょう。

質の高い睡眠の確保

睡眠中に脳のクリアランスシステムが活性化し、アミロイドβを含む老廃物が排出されます。7~8時間の睡眠時間を確保し、睡眠の質を高める工夫が重要です。就寝前のカフェインやアルコールを控え、寝室を暗く静かに保ち、就寝・起床時刻を規則的にすることで、睡眠の質が向上します。

栄養バランスの取れた食事

和食のような野菜・果物・魚・全粒穀物を中心とした食事パターンが認知症予防に有効とされています。特に、EPA・DHAなどのオメガ3脂肪酸、ポリフェノール、ビタミンB群、ビタミンEなどは脳の健康に重要です。逆に、トランス脂肪酸や過度の糖質・塩分の摂取は避けるべきです。

生活習慣病の管理

高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満といった生活習慣病は、血管性の障害を通じて認知症リスクを高めます。特に中年期(40~60歳代)の管理が重要で、この時期の血圧や血糖のコントロールが、その後の認知症リスクに大きく影響します。定期的な健康診断を受け、異常があれば適切に治療を受けましょう。

認知的活動と社会参加

読書、楽器演奏、語学学習などの知的活動、そして家族や友人との交流、地域活動への参加など、社会的なつながりを維持することも重要です。これらは脳の認知予備力(cognitive reserve)を高め、病理変化があっても認知機能を維持できる脳の余力を増やすと考えられています。

禁煙と節酒

喫煙は認知症の明確なリスク因子であり、禁煙は何歳から始めても遅すぎることはありません。アルコールについては、過度の飲酒は認知症リスクを高めますが、適度な量(1日1~2単位程度)であれば許容範囲とされています。

健康的な生活習慣が最も確実な予防策

認知症予防に「魔法の弾丸」は存在しません。しかし、日々の健康的な生活習慣の積み重ねこそが、最も確実な予防策なのです。週150分の運動、7~8時間の質の高い睡眠、和食を中心としたバランスの取れた食事、生活習慣病の適切な管理、読書や社会参加といった認知的活動、そして禁煙と節酒。これらは地味に見えるかもしれませんが、継続することで大きな予防効果が期待できます。