豊橋市の精神科の可知記念病院です。
今回は医局が担当します。

”心因性”にご注意を

“心因性~”などの表現は多くあります。この“心因性”という言葉は簡単に使用されすぎており、大きな問題を抱えていると言えるでしょう。“心因”は「心理的な原因がある」という意味合いであり、欲求不満や葛藤が原因となって症状として現れているのだろうと推測される時に用いられます。

そして、“心因”という時は“身体に原因はない”という含意があります。「身体に異常がないから心理的な問題だろう」という言葉の背景に耳を澄ましてみると、「それはニセモノの症状だ」という声が聞こえてくるでしょう。ややもすると侮蔑的な意味を込めて発せられるのが、“心因”という言葉でもあります。“心因性”と医者が言わねばならない時、患者さんが受ける差別的な印象に配慮しなければなりません。

「心理的な負担となる出来事があって、そこから症状が出てきたのだから心因だ」という推測も、果たして本当にそうなのかどうか…。童話の『おおきなかぶ』は、みんなでカブを引き抜こうとしましたが抜けず、最後にネズミも加わって引っ張ったことで抜けました。それを見て「ネズミが原因」と言えるでしょうか。それまでに引っ張ってきた要因が重なり、最後のひと押しがネズミだった、と考えるのが妥当でしょう。“ラクダの腰を折る一本の藁”も同じこと。“心因”と診断することは、ネズミや藁に過剰に注目してしまうことになるのです。昔から心因に分類されてきた強迫症(強迫性障害)は生物学的な基盤が明らかにされつつあり、ニューロモデュレーションの研究も盛んに行なわれています。

“心因”は子どもの症状に用いられる際、「甘えが原因だ」「心が弱いからだ」と医者や学校の先生から言われてしまうことが意外に多くあります。前時代的な発想で辟易してしまうのですが、そのように言われると子どもは「自分のせいで親に迷惑をかけてしまった」と考え込んでしまったり、親は「私が甘やかしすぎたから」「育て方が悪かったんだ」と悩んでしまったり。それがさらに家庭環境に影を落とし、にっちもさっちもいかなくなってしまいます。このような状態が続くと、子どもの人格形成にも影響を与えてしまうことが危惧されます。「この症状は心因性です」と述べる時は、そこに配慮して患者さんや周囲の人にきちんと説明すべきです。安易に使われすぎて、患者さんが苦しむ姿を私は見てきています。その呪縛から解放することが治療者に求められますが、長期にわたり「甘え」「心が弱い」と言われてきた患者さんとご家族の関係は悪い方に固定されてしまっており、スタートラインに立つまでに時間がかかってしまうこともあるのです。