病院・診療所では、内科・外科や精神科のいずれも「かいふく」を目標として治療が行われることが多いと思います。診察や検査を受けて、治療方針を決めて、お薬や手術、あるいは精神療法や心理カウンセリングを通じて、良くなっていくこと、困っている症状を和らげて、元の生活に戻っていくイメージです。もちろん人間の身体も病気もとても複雑なので、残念ながらなかなか良くならないこともありますし、そういう場合にも、医療にできることがきっとあると思っていますが。
精神科医として診察の中で「かいふく」を目指して治療に向き合う時に、回復と快復という二つの漢字を思い浮かべることがあります。今回は、この2つの「かいふく」の違いについてご紹介していきます。
2つの「かいふく」の使い方や例文、類語についても紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
回復の意味
「回復」は以下のような意味を持ちます。
- 悪い状態になったものが元の通りに良くなること
- 一度失ったものを取り返すこと
病気だけでなく様々な物事に対しても用いられる点が大きな特徴です。例えば景気の回復、天候の回復、名誉の回復、などなど。
快復の意味
快復は「病気が良い方向に向かうこと」を指しており、病気がすっかり良くなったときに使われる言葉です。退院祝いの熨斗に「祝 御快復」などと書かれたりします。
「回復」とは異なり病気以外には使用することができません。そのため、景気が快復する、天気が快復するといった表現は誤りとなります。
回復と快復の違い
回復と快復の違いをまとめると以下の通りとなります。
- 回復:悪い状態が元の通りによくなること。病気が治る過程においても使用することができる。
- 快復:病気が完治すること。全快した時に使用する。病気以外の事柄を表現する際には使用しない。
「病気以外に対して使用できるかどうか」が大きな違いです。景気や天気などに対しても使用できる「回復」の方が、より汎用性の高い言葉だと言えます。
なお、「回復」と「快復」を病気に対して使用する場合には、細かなニュアンスの違いが存在する点に留意しなければなりません。
というのも、「快復」は「すっかり治る」というニュアンスを含んでいるためです。病気や怪我が完全に治った状態を指すことはできますが、だんだん治っていく過程に対して「快復」と表現するのは不適切とみなされます。
一方、「回復」は病気や怪我が良くなっていく過程に対しても使用することができます。
こうした微妙なニュアンスの違いを踏まえた使い方をしないと、場合によっては失礼にあたってしまう可能性も。相手を思いやった言葉選びが大切です。
回復の使い方・例文
「回復」の例文は以下の通りです。
- 景気が回復する
- 信頼を回復する
- 体力を回復する
- 地価が回復傾向にある
- 天気が回復するのを待つ
- 病気が少しずつ回復する
先述した通り、「回復」は景気や信頼、体力など病気以外の対象に対しても幅広く使用できます。また、病気や怪我が良くなっていく過程に対しても使用できるため、「病気が少しずつ回復する」といった使い方も可能です。
快復の使い方・例文
快復を使った例文は以下の通り。
- 体調不良から快復する
- 風邪から快復した
- ご快復を祈念しております
- ご快復されたと伺い安心しました
- 快復祝いをする
「快復」は病気に対してのみ使用できる言葉であるため、「回復」に比べると使い方は限られます。状態が悪化していたものが完全に元通りに戻った場面でも、疲労や天気といった病気以外のものを対象にしていたら「快復」を使うことはできません。
回復・快復の類語
これまでご紹介してきた「回復」や「快復」と似た意味を持つ言葉として、以下の3つが挙げられます。
- 治癒
- 快方
- 全快
治癒
「治癒」は病気や怪我が治ることを指します。「快復」と似た意味を持っていますが、「治癒」の方がやや硬い印象です。
話し言葉というよりは、かしこまった文章で使用することが多い言葉だと認識しておきましょう。
快方
「快方」とは、病気や怪我の状態がだんだんと良くなっていくことを指します。「病気が快方に向かう」という表現になじみのある方も多いのではないでしょうか。病気の関知に向けて希望が見えてきている過程で使われるケースが一般的であり、「快復」とは使い方がはっきりと異なります。
全快
「全快」の意味は「病気や怪我がすっかり治ること」であり、「快復」とほぼ同じです。
- 全快祝いをする
- 1日も早く全快してほしい
など、使い方も「快復」とほとんど変わりません。
病気に対する回復・快復の使い分け
同じ読み方ながら細かなニュアンスが異なる「回復」と「快復」やその類義語は、どれも病気に対して使用できる言葉です。正しく使い分けるためには、それぞれの意味をきちんと把握しておく必要があります。
うまく使い分けるために大切なこととしてもう1つ挙げられるのが、相手への思いやりです。相手の病状や心情への配慮を忘れず、どの言葉が適切なのかを状況に応じて考えられると良いでしょう。
精神医療における「かいふく」
精神科では、少し時間をかけてかいふくすることは決して悪いことではなく(ご本人にとってはつらいと思いますが)、その後の長い安定につながることも多いため、私自身は「回復」のイメージで臨むことが多いかも知れません。もちろん「快復」がぴったり感じられるような方で、すっかり元気になられる方もいらっしゃいます。
作家の大江健三郎さんの著書に「恢復する家族」という小説があり、個人的に好きなこともあり、私の中ではこの漢字を浮かべることもあります。小説自体が緩やかな心の恢復をテーマにしていることと、立心偏(りっしんべん)であることもああり、何だか精神医療と相性が良い気がしていました。
最近ふと「恢復」と検索したら、何ともあっさり「恢復は、回復の旧字体」と書いてあり、思い入れのわりに単純で拍子抜けしてしまいました。とは言え、ささやかな思いを込めて恢復を願いながら診療に臨みたいと考えています。
もう一つ、しゅうぜんという言葉にも感じるところがあります。「修繕」と書くと何だか機械を治すような冷たさがありますが、岡真史さんという、思想家の高史明さんと岡百合子さんの間に生まれた人(少年)の詩で、「ぼくは12歳」という詩集の「無題」という詩の最後の六行に印象的な使い方をされています。
心のしゅうぜんに
いちばんいいのは
自分じしんを
ちょうこくすることだ
あらけずりに
あらけずりに…