豊橋市の精神科の可知記念病院です。
今回のblogは医局の担当です。
新規の抗認知症薬レカネマブについて
ニュース等で話題になっている新規の抗認知症薬レカネマブについて紹介したいと思います。
エーザイ社が米バイオジェン社と共同開発したアルツハイマー型認知症の治療薬「レカネマブ」が2023年7月6日、米食品医薬品局(FDA)に正式承認されました。今後、米国で公的医療保険の適用となりますが、対象は臨床試験(治験)で効果を確認できた早期の患者に限定され、厳密な事前検査も必要となります。現在、日本国内でも審査が進んでおり、順調にいけば今秋にも医療行為として使用できるようになる見通しです。
アルツハイマー型認知症は脳にアミロイドベータたんばく質(Aβ)が徐々に蓄積して神経細胞が破壊される病気であり、認知症の6-7割を占めます。認知機能の低下が進むと、物忘れだけではなく認知症の行動・心理症状(BPSD)も目立つようになり、家族などが疲弊することが社会的に問題となっています。さらに進行すると最終的には意思疎通が難しくなり、歩くことも困難になります。
アルツハイマー型認知症は65歳以上の5人に1人がかかる「国民病」にもかかわらず、これまでの治療薬はアルツハイマー型認知症の進行を遅らせる効果はありませんでした。レカネマブの登場は患者やその家族にとって、希望として受け止められています。
レカネマブは抗体医薬の一種で、アルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドベータたんばく質(Aβ)を取り除くことができる世界初の医薬品です。日本を含むアジアや欧米で大規模に行われた臨床試験では、2週間に1度のペースで18か月間点滴による投与を続けると、未治療の場合と比較して症状が100悪化するところを73に留まらせることができました。また進行を約7.5カ月遅らせることができたとも報告されています。エーザイ社のシミュレーションによると、軽度の状態を2-3年程度維持することができ、施設等への入居を回避できる可能性もあるとのことです。
しかし、年間数百万円も治療費が必要な上に、認知症の症状の進行を約27%抑えるという控えめな効果を、患者やその家族が実感できるどうかは分かりません。日本で公的医療保険の対象になれば高額療養費制度の上限額が適用され、多くの人は月数万円の自己負担になるとみられますが、健康保険の財政を圧迫することが社会問題となるでしょう。
また、レカネマブはあくまで症状の悪化が食い止められる薬で、一般的な感覚からすると症状の進み具合を緩やかにする「予防薬」に近く、夢のような薬とはいえません。そもそもアルツハイマー型認知症の原因が本当にAβなのかどうかについては研究者の間でも意見が分かれているテーマです。ニュースや株式市場で話題になっている状況とは対照的に、私たちの臨床の現場では冷めた目で見ている人が多いというのが実際のところです。
またレカネマプは誰もが使用できるわけではありません。血管性認知症などなどアルツハイマー型認知症以外の認知症は対象外となります。さらに認知症の初期段階か、さらにその前段階MCI(軽度認知障害)の患者にしか投与できないという制約があります。現時点で介護が必要な認知症患者にはほぼ使えない薬だといえます。
脳内のAβ蓄積を確認する検査も必要です。背骨の間に針を刺して脳脊髄液を採取する髄液検査や、陽電子放射断層撮影(PET)と呼ばれる検査が必要となります。現時点では認証を受けた認知症のPET検査施設は全国の約60ヵ所のみで、診断する認知症の専門医も少ないのです。日本での投与対象は数万人程度に留まると見積もられています。
何かと話題の尽きないレカネマブですが、認知症治療の歴史に刻まれる画期的な薬であることは間違いありません。長期的な観点でみると認知症の悪化を抑えるメリットは大きく、レカネマブの賞用を上回る効果があるとの意見もあります。高齢社会における医療の在り方にも一石を投じるでしょう。今後、医療現場にどのように定着していくか、そしてどんな問題が生じるのかしばらく見守りたいと思います。