今回のブログは医局が担当します。

トラウマが与える様々な影響

今回はトラウマについて。「何をもってトラウマと呼ぶか」は議論の分かれるところですが、生命が危ぶまれるような出来事や自身の“性”が傷つけられるような出来事にはとどまりません。ICD-11で新たに収載された複雑性PTSDを見ると明らかであり、単回性の大きなものに加えてネグレクトや虐待や家庭内暴力、学校でのいじめなど、長期反復的な外傷もトラウマに含まれます。

そう、トラウマとは
耐えがたい情緒的苦痛の最中に心理的に孤立無援で気づいてもらえないと感じること(『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』)なの
です。

症状を理解するには複雑性PTSDを見てみるとよく、これはもともとJudith L. Hermanが1992年に提唱した概念です。彼女が言うには

極限状況の生存者の執拗な不安、恐怖、恐慌は通常の不安障害と同じものではない。生存者の身体症状は通常の心身症と同じものではない。その抑鬱は通常の鬱病ではない。また、同一性障害及び対人関係障害は通常の人格異常と同じものではない。(『心的外傷と回復』)

であり、これまでは単回性のトラウマによるPTSDの診断基準では対応ができなかったのです。それを受けてvan der Kolkらによる“他に特定不能の極度ストレス障害(DESNOS)”が検討されたのです。結果的にDSMでは収載されなかったのですが(註:DSM-5のPTSDは診断基準の項目が増え、ICD-11の複雑性PTSDに近づきました)、ICD-11において“複雑性PTSD”として、PTSDの諸症状(侵入、回避、過覚醒)に加えて、感情制御困難、否定的自己概念、対人関係障害が付加されたものが誕生したのです。ICD-11では、この3つの症状を“自己組織化の障害(Disturbance in Self-Organization:DSO)”としています。詳しく述べると

感情制御困難

感情反応性の亢進(気持ちが傷つきやすいなど)
暴力的爆発
無謀なまたは自己破壊的行動
ストレス下での遷延性解離状態
感情麻痺および喜びまたは陽性感情の欠如

否定的自己概念

自己の卑小感、敗北感、無価値感などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く拡がった恥や自責の感情を伴う

対人関係障害

他者に親密感をもつことの困難
対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ

となります(精神療法. 2019;45(3):323–328)。

そして、トラウマと言えばPTSDを思い浮かべるかもしれませんが、それだけでなく様々な精神障害の要因のひとつになりえます。特に複雑性PTSDに見られるような長期反復的なトラウマはその傾向があります。逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences:ACEs)という、こうした長期反復的なトラウマの一部であるネグレクト、虐待、家庭の問題の影響を受けた経験があると、こころや身体に様々な影響が出現することがわかっています。例えばそれはうつ病、物質使用障害、希死念慮/自殺企図、虚血性心疾患、種々の慢性疼痛などなど…(Arch Gen Psychiatry. 2007 May;64(5):577–584.  Am J Prev Med. 2019 Jun;56(6):774–786.  Pain Rep. 2020 Oct 27;5(6):e866.)。

もちろん、トラウマを受ける人全員が何らかの精神障害を発症するというわけではなく、発症/予防には様々な因子が存在します。この中でも社会的な支援が最も重要であり、トラウマ体験の後にどれだけ被害者がサポートを受けられるかが鍵を握っています。ただ、トラウマ体験の内容によってはご家族に話してほしくないという場合もあるため、焦らず慎重に、が大切。安易にご家族に知らせることで恥ずかしさが強く生まれしまったり、理解の乏しいご家族は「お前にも責任がある」と言い、さらなるトラウマを与えてしまったり…。信頼できてトラウマ体験を話せる人の存在がいること、そしてその人が自分で抱え込まず、うまくご家族やトラウマにまつわる人との調整役になることが重要。支援する人が抱え込むと、支援する人自身にも影響が出てしまったり、トラウマ被害者がその人を救世主のように見て離れられなくなったり、といったことが起きます。