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ブロイラーによる精神分裂病群

19世紀末から20世紀初頭まで活躍したクレペリンは、精神障害を負った患者さんを医学の対象として、詳細な観察を行ないました。長期の経過を追い「呈する症状に細かい違いはあれど、同じ転帰をたどるのであればそれは同じ一つの“疾患”と言っても良いだろう」という想定のもと、早発性痴呆を同定していったのです。しかし、それのみであれば結局は転帰を見ないとわかりません。そうではなく、もう少し横断的に見て、かつ患者さんの心理学的な面から整理していくべきだと考えたのが、クレペリンと同時代のブロイラー。()早発性痴呆で認められる幻覚や妄想を一次的なものではなく、より根本の症状から派生したものとしました。その根本の症状というのが、“4つのA”としてまとめられる、連合弛緩(Assoziationslöckerung)、両価性(Ambivalenz)、自閉(Autismus)、感情の硬化(Affekt-Rigidität)です。この中でも、特に連合弛緩が最重視されました。連合というのは、数ある感情や思考などのモジュール同士のつながりやそこからの発展が、意味あるものとして統合されること。私たちにとってそれは自然なこと、自明なことであり、特別に意識していません。そのつながりや発展が“弛緩”しているのが、連合弛緩。ブロイラーは、この連合弛緩が他のAの原因となり、二次的な症状(幻覚、妄想、緊張病など)を生じながら人格が再構成される、という流れを想定したのです。連合が弛緩する結果、モジュール同士の結合が切れて“分裂”するということで、早発性痴呆ではなく、精神分裂病群という名称にしたと言われています。これが1911年の出来事。“群”なのは、決して単一の疾患ではないということを強調したため。経過にも多様性があるのではないか、とブロイラーは考えていたのですね。そのため、早発性痴呆と精神分裂病群は同一のものではなく、正確に記すのであれば“早発性痴呆⊂精神分裂病群”なのです(精神分裂病群にふくまれるものの中で予後不良タイプが早発性痴呆、ということ)。彼は精神分析の始祖であるフロイトとも交流があり、精神分裂病群をまとめる際にフロイトの考えを援用しています。

精神分裂病群はドイツ語でSchizophrenieと書きますが、これはギリシャ語を用いた造語で、schizo(分裂)+phrenie(横隔膜)となります。いろんな教科書を見ると「古代ギリシャでは横隔膜に魂(精神)が宿っていたと考えられていたため、それが分裂するということ」と書かれてあります。それによれば、“精神分裂病”という日本語訳は正しいわけですね。しかし、火の玉ストレートのような名称であり、日本人であれば、“精神が分裂する”という言葉にあまり良くない印象を持つのは無理もありません。ブロイラーの考えとしては機能モジュールのつながりが切れているのであって、モジュールそのものが分断されたり破壊されたりしているわけではないのですが、そこまでの想像はなかなかつきません。用語の与えるインパクトが強すぎたため、精神分裂病という名称は2002年に“統合失調症”へと変わりました。英語のSchizophreniaやドイツ語のSchizophrenieは、ギリシャ語に詳しくなければ連想ができないので、日本人のような印象が生まれなかったのでしょう。

クレペリンとブロイラー。この偉大な2人によって、統合失調症はその輪郭を明瞭化させていったのです。